伏 勝(ふく しょう、生没年不詳)は、前漢初期の儒学者。伏生ともいう。

略歴

済南郡の出身で、もとは秦の博士であった。漢の文帝の時に『尚書』を良く知る者を求め、伏勝の名があがったがこの時彼は90歳におよんでいたために召すことができなかった。そこで文帝は太常に詔して、掌故である鼂錯を伏勝のところへ行かせて学ばせた。

秦代の焚書坑儒のさい、伏勝は『尚書』を壁に埋めておいたが、漢代に掘り起こしたときには数十篇を失い、29篇を得たという。伏勝はこれを斉・魯で教え、済南の張生と千乗の欧陽生(字は和伯)がその教えを児寛に伝えた。これを『今文尚書』と称する。

参考文献

  • 『史記』儒林列伝
  • 『漢書』儒林伝

『能満寺(神奈川宿)』東神奈川・保土ヶ谷・弘明寺(神奈川県)の旅行記・ブログ by ドクターキムルさん【フォートラベル】

C0077804 賢哲肖像_西巻 東京国立博物館 画像検索

濟南的伏生為什麼會被後世人所銘記? 每日頭條

伏義氏

太子把江山讓給弟弟,本以為能苟且偷生,卻因一太監,被親爹賜死